週末のこと「西船場公園納涼祭」と「帰省」

西船場公園納涼祭



土曜。

なかなか雨の降らなかった大阪市内に久しぶりのお湿りが・・・と思ったら、度を超えた降り方のゲリラ豪雨!が降りました。



折しも、お店の前の西船場公園では納涼祭の準備が整いスタートまで後一時間という時、生バンドが軽く練習を始めた頃でした。



hitofushiがオープンして10ヶ月。

この10ヶ月間で一番ひどい降り方で、みるみる公園は池のように。公園で排水できない水は道路へと流れ出し、排水溝に収まりきれずに溢れ出る有様でした。



これはもう中止だな・・・

と、あきらめていたのですが、予定開始時間を30分ほど過ぎた頃から急に小雨に変わり、お祭りがスタート。ぽつりぽつりとご近所から人が集まってきました。



お祭りが始まってからはお店のBGMを公園の生バンドに変更。

お祭りも中盤を超えると、我々が「縁側」と呼んでいる窓側の長椅子に腰掛けて、雨上がりの涼しい風と生バンドと生ビール(?!)を楽しみました。



縁側



毎年行われているというこの納涼祭のメインイベントは、どうやら獅子舞らしく「獅子舞が始まります」とのアナウンスで祭りの盛り上がりは最高潮に。



獅子舞



一年を通して毎週土曜に公園奥の公民館から聞こえて来ていたお囃子は、このお稽古だったようです。上手に揃った威勢のいい獅子舞を見せていただきました。







西船場公園納涼祭!

地域のお祭りというとついつい子供中心になりがちなところ、

レベルの高い生バンド、

レベルの高いフード、

生ビール、チューハイ

くつろいでお酒を飲めるテーブルとイスのセット・・・と、大人のテイストに仕上がっているあたり、さすが京町堀と言いたくなるなかなかのお祭りでした。





来年は、最近お隣に越して来てくれたお友達Pさんと何かのカタチで参加しているかもしれません。一年後の話しながらとっても楽しみにしている私です。









昨日は帰省。





久しぶりの近鉄南大阪線で田舎に帰ってきました。



今回の帰省では祖父とゆっくり、たくさんのお話をしました。

祖父の歴史、町の産業の歴史、町の伝説。

宮本常一にでもなったようにメモを取りながら聞いた古いお話の内容は、すべてがかけがえのない宝物のよう、得たものの多さにちょっとした興奮状態になった帰路は、行き違いの待ちのある時間のかかる単線電車にも関わらず眠ることが出来ませんでした。







田舎の人口は私が暮らしていた頃のほぼ半分まで減っており、子供が少なくなったせいで、昨日はあっちで、今日はこっちでと急がしかった夏祭りも、楽しかった秋の祭りのごく餅撒きも・・・子供の頃のキラキラした思い出の行事たちはすっかり姿を消しているそうです。





京町堀の祭りで、地域の人の楽しそうな笑顔を見た翌日に聞いた、ふるさとの現状。





年老いた町に何かしら若く新鮮な風を通すこと、そしてそれを続けていくことは出来ないものか・・・。





お国柄とは良く言いますが、小さな町にも小さな町なりの町柄がありますし、町が結束することがあれば「祟って出る」という先人にまつわる言い伝えが残っていることもあって、ただでさえ容易ではない町おこしがさらに難しいものになっているようです。





「町のために何ができるんだろう」なんて、町を出て行った私なのに・・・かっこわるいし、滑稽かもしれませんが。





今は具体的なものは何も思いつかないけれど、時間を作っては田舎に帰り、町の魅力を探してまとめていくことから始めようか。





とにかくもっとちゃんと勉強しなくては。



足りないところだらけの自分に対する苛つきと、祖父から伝えられた宝物



帰省でさげて帰った夏の土産です。