にっぽんの素敵。

日曜の朝、「疫病をこえて人は何を描いてきたか」というテーマのテレビを観ました。

 

 

「疫病」に立ち向かう想いが作り出してきた美術作品を取り上げ

美術という切り口から人間が疫病とどのように向き合ってきたかを探るという興味深い内容でした。

 

 

番組内で紹介されていた「疱瘡絵(ほうそうえ)」という

赤一色で描かれた絵のことが気になり。

その後、またついつい調べてしまいました。

 

 

「疱瘡絵(ほうそうえ)」。

疱瘡をやっつける意味で武将や金太郎といった強さの象徴、

早く治って起き上がれるようにと「だるま」、

失明することも多かった病気だったことから、暗闇でも良く目が見えるミミズク、

などのモチーフを、厄除けを意味する赤色だけで描き

疱瘡(天然痘)から守る絵としてお見舞いに贈り、病床に飾られたものだそうです。

 

回復すると川に流されたり、燃やされたりしたので現存するものは少ないよう。

 

ウィルスとか言う概念がない時代。

目に見えない脅威からなんとか身を守ろうとして生まれた芸術文化でした。

 

 

 

調べる中で、にっぽん人らしいなと思うことが色々ありました。

 

目に見えない脅威を「鬼」とする発想は何と無くわかるのですが、

私たちのご先祖はなぜか「神」にしちゃうんですね。

 

疱瘡の流行で人々が亡くなるのは疱瘡神が怒ってらっしゃるからだ。と。

 

 

 

 

先に書いた強さの象徴とされる絵の武将は、

源為朝という保元の乱で敗れた後、伊豆に流された荒武者です。

 

為朝が伊豆に流された頃、八丈島には獣霊たちと一緒に疱瘡神が暮らしていました。

 

天然痘やらの流行病は南方の海外からやってくるということから、

八丈島に住んでいると言われるようになったみたいです。

 

その疱瘡神から、二度と八丈島には入りませんという手形を受けとり、

島を制圧したのが源為朝だったという伝説があります。

 

 

 

 

 

江戸時代、この手形を模した張り紙を戸口に貼って、疱瘡神をやり過ごそうとしたり

 

はたまた、逆に疱瘡神をお祀りする事で治癒をお願いしたり

 

はたまた機嫌をとったり・・・

 

 

ご先祖さんは、疱瘡の神さんとどうやって「いい感じ」に過ごすか苦心するわけです・・・

 

辛いことをもたらす神さんにまで

どこか思いやりを感じてしまう。

 

 

 

そして、その思いやりの中にぎゅっと踏ん張るような強さを感じます。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

祇園祭、山鉾巡行は中止だそう。

 

致し方なくも残念ですが

疫病退散を起源とする祭りとして、

大正時代のコレラ流行以来143年ぶりの特別神事や、

夏以外の季節に疫病退散の茅の輪を設置したりしてくださっているそうです。

 

色々解明されている現代ですからね。

「京都の八坂さんの牛頭天王をおもてなしした蘇民将来みたいに、親切にしてたら疫病から守られるんやで」と

いうのが成立しないことはもちろんわかっているのですが

解りつつも

どこかでそんなような想いは持ち続けたいなと思います。

 

祇園でしてくださっていることを

ありがたいなと思うのです。