歳時記|啓蟄

二十四節気は昨日「啓蟄(けいちつ)」の季節を迎えました。

 

虫たちが目を覚まし、活動し始める頃ですよ

というのが啓蟄の意味です。

 

昨日は荒れた不思議なお天気で、突風が吹いたり、あられや雪が降ったり。

顔を出した虫もびっくりしたのではないでしょうか。

 

今日も風が冷たい。

 

空は快晴です。

 

 

 

 

リニューアルから少し食品の取り扱いが増えています。

特に面白いのが西伊豆の伝統食を伝えるブランド「TAGURI」。

 

中でも「神楽南蛮&田子節みそ」はお酒にあう。美味しい。

そして何より食べ方がお手軽。

 

神楽南蛮?

田子節?

関西に住む私たちには聴き慣れなくてピンときませんが

 

神楽南蛮という種類の唐辛子と田子節=本枯節の産地田子地域の鰹節とを

使って作った、出汁のきいた甘辛うま味噌なのです。

 

想像するだけでも美味しそうでしょう? 笑

 

 

 

 

さて。

 

カツオと日本人の食にはとても古い歴史があります。

 

遡ること平城京の頃にはカツオの加工品が税金として納められていたそうです。

 

この、税金の「カツオ」も

内臓をとって干したもの、一回煮てから乾燥させたもの、その時の煮汁「イロリ(煎汁)」と

三つの種類があり、全国の産地から納められていました。

 

鎌倉時代になると藁やイグサで燻して乾燥させたカツオが削って食べられるように。

 

1600年代になると和歌山で最初の鰹節が作られました。

マキで燻して乾かして・・・を何度も繰り返して作られました。

 

この荒節と呼ばれるものは常温でも三ヶ月以上保存できるのですが、

途中カビが生えた場合、それをとってまた天日で干すとさらに保存が効く・・・

そこから考え出されたのが

最初にカビをつけてしまって、一度それをきれいに洗い流し

改めて天日干しすることでカビさせずきれいに長期保存する方法。

本枯節の原点だそうです。

 

 

現在の本枯節の定義は「4回以上のカビつけをしたもの」だそうで、

それを日本で最初に作ったのが西伊豆の田子地区でした。

 

この田子地区からは、本枯節が作られるようになる1300年前

平城京に内臓を取り除いて干したタイプのカツオが納められていました。

その木簡に書かれていた文字が「多具里」。

そのころの田子地区の名称です。

 

 

 

プランド名の「TAGURI」に、1000年以上前からカツオと関わり

日本食の原点になった田子地区の文化への誇りを感じませんか。

 

 

 

 

 

グルタミン酸とイノシン酸という二つの旨味成分を

豊富に含むカツオのポテンシャルを最大まで引き伸ばした本枯節。

 

日本の食文化はカツオの恩恵を受けて育まれたといっても過言ではないと思うのです。

 

そういうわけで、

私はhitofushiでこのTAGURIシリーズをぜひ販売したいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは神楽南蛮&田子節みそからお試ししてみてください。

男性への贈り物にもおすすめです!

 

 

 

よろしくどうぞ